東京高等裁判所 平成2年(ネ)2937号 判決 1991年7月17日
主文
原判決を取り消す。
本件を東京地方裁判所に差し戻す。
理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
主文同旨
二 被控訴人
控訴棄却
第二 当事者の主張
一 控訴人の主張は、次に付加するほかは、原判決の事実及び理由第二(ただし、原判決二丁裏一一行目冒頭の「いた」を「した」に改める。)のとおりであるから、これを引用する。
1 民事訴訟法四二〇条一項三号の趣旨は、訴訟追行に障害があつた当事者を救済することにある。そして、同号の再審事由は、もともとは、訴訟追行に障害のあつた一方当事者の利益を守るために、その側の事情のみに着目して規定されているものであり、誠実に訴訟を追行した相手方当事者の利益を否定してもなお、障害のあつた一方当事者の利益を重視しようとするものである。したがつて、このような原則的形態においては相手方当事者の利益を考慮し再審事由を厳格に解釈する必要もあろう。
2 しかし、一方当事者の訴訟追行の障害について相手方当事者が積極的に加担しているような場合には、相手方当事者の利益を尊重する必要はないから、障害ある一方当事者の利益をできるだけ広く図る解釈をするべきである。氏名冒用訴訟について被冒用者に同号による再審を認める見解はこのような考え方によるものである。
3 本件のように、BがCと通謀して、A会社の利益を害してB自身の利益を図るためにA会社代表者として訴訟行為を行つたような場合には、無権代理又はそれに準じる場合として同号による再審の途を開くべきである。すなわち、「代理人が自己又は第三者の利益を図るため権限内の訴訟行為をした場合、相手方がそれを知つていた(又は知り得べきであつた)ときは、無権代理の場合に準じて民事訴訟法四二〇条一項三号の再審事由に該当し、本人は再審訴訟を提起することができる。」と解するのが相当である(最高裁判所昭和三八年九月五日判決・民集一七巻八号九〇九頁参照)。
二 被控訴人
1 原事件の確定判決には、訴訟手続上も、内容上も瑕疵はない。原事件に係る立替金債権は実在する債権であつて、架空の債権ではなく、また、甲野太郎と被控訴人とが通謀したなどということはない。
2 控訴人の民事訴訟法四二〇条一項三号の解釈は、独自の見解であり、また、代理と代表との相違を無視した暴論である。仮に代表者の行為が問題になるとしても、それは会社の内部問題に過ぎず、再審事由とはなり得ない。
一 昭和六二年四月三日、控訴人が被控訴人から原事件を提起され、同年五月一二日、同事件の第一回口頭弁論期日が開かれ、同期日に出頭した控訴人の当時の代表取締役甲野太郎が、請求棄却の判決を求めたうえで請求原因事実は認める旨述べ、同年六月五日の第二回口頭弁論期日を経て同月一六日に被控訴人勝訴の原事件の判決がされ、同年七月四日同判決が確定したことは、弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。
二 ところで、控訴人は、原事件の確定判決について、控訴人の当時の代表取締役甲野太郎は、自己の利益を図るため、被控訴人と通謀のうえ、被控訴人に原事件を提起させたものであり、右判決はその意図どおりのものであるが、このような場合は、無権代理の場合に準じ、民事訴訟法四二〇条一項三号により右判決に対し再審を求めるべきである旨主張する。
ところで、株式会社の代表取締役が、自己の利益のため会社の代表者として法律行為をした場合において、相手方が右代表取締役の真意を知り、又は知り得べきであつたときは、右法律行為はその効力を生じないものとされているが(控訴人引用の最高裁判所判決)、この趣旨は、右代表取締役が自己の利益を図るためという意図、目的を持つて法律行為をしても、一般には代表権限を濫用したに過ぎないものであつて、右会社に対し責任を負うことはあつても、右法律行為が無効になるわけではないが、例外的に相手方が右代表取締役の真意を知り、又は知り得べかりし事情にあつた場合は、右相手方の保護よりも、右会社の保護を重視して右法律行為を無効とし、そのような場合に限つては、右代表取締役には右会社を代表する権限がなかつたと同様に取り扱うこととしたものであると解される。
このような考え方は、法律行為のみならず訴訟行為にも及ぼし得るものと解される。そうとすれば、株式会社の代表取締役が、自己の利益のため(第三者の利益のためを含む。)会社代表者として訴訟行為をした場合において、相手方が右代表取締役の真意を知り、又は知り得べきであつたときは、右訴訟行為につき右代表取締役には右会社を代表する権限がなかつた、すなわち、必要な授権が欠けていたと同視することができるのであり、したがつて、右のような事情のもとに成立した確定判決については、民事訴訟法四二〇条一項三号の再審事由があるものとしなくてはならない。
本件において、控訴人は、原事件の確定判決について、控訴人の当時の代表取締役甲野太郎が、自己の利益を図るため、被控訴人と通謀のうえ被控訴人に原事件を提起させ、控訴人の代表者として訴訟行為をして自己の意図どおりの判決を得たと主張しているのであり、もしこれが真実であれば、先に述べたところに照し、原事件の確定判決には、民事訴訟法四二〇条一項三号の再審事由があるものというべきである。
三 そうすると、控訴人の主張するところは、民事訴訟法四二〇条一項三号の再審事由に該当せず、また、他に再審事由の主張がないとして、本件再審の訴えは主張自体から不適法であるとしてこれを却下した原審の判断は、同号の解釈適用を誤つたものといわなくてはならない。
そして、本件再審の訴えが適法か否かは、右二に述べたような事情が認定できるかによるのであつて、この点の審理を要するし、また、審理の結果、右の訴えが適法であるとされたときには、さらに原事件の確定判決が正当であるかどうかの点の審理を要するのであるが、これらの点については審理がされていないので、これらを審理させるため、民事訴訟法三八九条一項により、原判決を取り消したうえ本件を第一審裁判所である東京地方裁判所に差し戻すこととする。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 吉野 衛 裁判官 鈴木康之 裁判官 豊田建夫)